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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

過去は美化されるが本当に美しいとは限らない

過去は美化されがちである。自分にとって悪い記憶も、あの時あんなことがあったから頑張れたのだ、という感じだ。

あの時は厳しくして下さってありがとうございました、というような、かつての恩師や元上司に感謝の意を述べる場面をたまに見かける。
当時、本当に良く育ててもらったのならもちろん素晴らしいことだと思うが、"厳しい"というのに体罰モラハラパワハラが含まれているのであれば決していいことではない。それらは人間の尊厳を傷つける忌避すべきことであるのは明確だ。だが、それらでさえ、時間が経つと何故か美化されがちだ。

勘違い:過去の否定は現在への否定

人は基本的に間違っていることは認めたくないものである。間違いを認めるということは、その部分は直さないといけなくなるしその分労力がかかる、そして不安になる。だから、自分の行動や考えを否定したくなく、現状維持に勤めたい。特に、過去は変えることすらできないので、「過去が(自分にとって)良くなかった」とは認めたくない。現在は過去の延長だと考えているので過去を否定するということは、現在への否定につながる恐れもある。

歪んだ美化はやめるべき

ささやかな美化くらいならともかく、本来忌避されることを美化し、認めてしまうと、同じ過ちを繰り返してしまうことにつながる。仕事でパワハラを受けても耐えてしまったり、自分の子供が学校でいじめられたり体罰をうけてしまっても「そういうものだから」と学校に行くことを強要してしまうかもしれない。さらに過去の間違った美化によって、部下にパワハラをしてしまうなど、自分がされて嫌なことを相手にしてしまうようになる可能性もある。自分にとって良くない過去は認めたくないものだが、過去の否定は現在の否定ではないことを意識し、むしろ今をよりよくするために、過去の異常な美化、賛美はやめて正しい視点で振り返った方がいい。