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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

アドリブが本当に上手い人なんてそんなにいない、みんな準備してるだけ

私は一般的に見れば、アドリブが得意だと言える。急に数百人いる場でなにか喋ってこい、と言われれば何か適当に喋ることはできる。だが、元来私はそういうのは苦手だ。ちゃんと準備して臨まないといけないタイプ。 だが、大概の人がそういうものだと私は思っている。ではなぜ、私が急に人前で何か話をすることができるか、というと、コレも実際ちゃんと日頃から準備しているからだ。

アドリブはそこら中に潜んでいる

ちなみに、アドリブをする機会は日常的に存在する。仕事で言えば、クライアントから急な問い合わせがあったりもそうだし、定例的な会議でさえ、そうだろう。だって、何を聞かれるかわからないのだから、脳内の台本通りにセリフを繰り出せるわけはないのだ。その他、生活上でも急なトラブルが起きたり、日常というのはいくらでも臨機応変な対応を求めてくる。

アドリブで対応するには、そのことについて知っていればいい

どうやってアドリブに対応できるかだが、これは非常に簡単で、その事柄について知っていればいいだけだ。例えば、誰しも「身長を教えてください」という問いには即答できると思う。だが、就職面接でよくある「あなたの長所/短所を教えてください」という問いにはどれくらいすんなり答えられるだろうか。うまく答えられない、ということは自分の中でうまくまとまってなくて答えがでてないのだ。つまり、自分自身の長所/短所は自分でさえわからない。それは答えきれなくて当然だ。その事柄について明確に知っていればすんなり答えられるのは分かってもらえたかと思う。だから、準備というのは、知っている範囲を増やすことだ。断片的でいい。必要に応じて断片的なのを都度まとめて、複合的に使えば臨機応変に対応できるのだ。 例えば、誰かが目の前で倒れたとする。これぞまさしくアドリブで対応しないといけないシーンだが、ここで、軽い問診の仕方が分かっている、人工呼吸のやり方がわかっている、気道確保ができる、という前提ならば、それぞれ断片的に持っている知識を複合的に利用する、ということになる。逆に、そういうのが何一つわかってなければ、もうどうしようもない。(ここでは救急車や助けを急いで呼ぶしかないだろう)

全てのアドリブについて対応できはしない

準備すれば、つまりすでに知識(厳密には認知, cognition)があれば、いろんな事に対応できる。だが、人は全知全能というわけにはいかない。全てのアドリブについて準備はできない。ここでオススメしたいのは、自分自身の考え方や性格といったメタ認知を高めることだ。まずは自分自身のことを知る。自分はどういう考え方をもっているか、長所や短所はなにか、日頃どういうこと考えているか、そして、価値観についてなど、予め認知しておく。実は、私がこうやって分を書いているのも、その仕込みの一つとも言える。私がここにこうやってまとめておけば「アドリブに対応できないんだけど」と困っている人に対してアドリブで対応できる。準備しているだけなのだが。つまり、私がこうやっているように、自分が考えていることや気づいたことをメモなりして、断片的にもっていて、必要なときに出せるようにすれば、いつでもアドリブに対応できるのだ。