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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

納得していないのに自分の意見を曲げる必要はない

協調性の高い日本人は、相手の意見に合わせて自分から折れることが度々あると思う。隣室の騒音が寝れないほどうるさいため賃貸を引っ越すことを検討している、と言う友人がいるが、私はなぜ、被害者である友人が引っ越さねばならないのか、と思う。もっとクレームを管理会社にいれるべきだし、それでも改善しないのであれば相手側が退去してもらうか、自分が引っ越すにせよそれにかかる費用を管理会社に出してもらえるよう断固として主張するべきだ。

なぜ自分の意見を主張せず、曲げてしまうのか

これはもう、「嫌われたくない」からである。自分の意見を通す、ということは誰かの意見は通らない、ということ。その”誰か”にイヤに思われる可能性がある。それならば、自分から折れた方が楽だ、という考えがベースである。

納得していないのに、自分が損するのはよくない

納得しないでおこす行動、というのは尾を引く。あの時ああしていれば、とかあの時はあの人が云々、といつまでも後悔もするし愚痴る。きっちり意見を主張して、納得してから行動に起こせば何にも不満はない。相手に文句を言う前に、自分の行動を振り返ろう。

意見を主張するのは面倒くさい?

意見と通すことが「面倒くさい」という意見があるかもしれないが、それは言い訳である。なぜならば、納得を伴わない行動は「面倒くさい」からである。幼少のころ、親から勉強しなさいだの、家事しなさいだの、頭ごなしにいわれて「面倒くさいな」と思ったことがあるだろう。確かに意見を通すのはすこしばかり面倒かもしれない。だが、それを怠るとそのあとがものすごく面倒くさいことになりかねないのだ。面倒くさいことが嫌ならば、しっかり意見を主張し、納得しよう。

小利口さんは自分の人生を生きれない

協調性を重んじる日本人としては、周りに合わせることが美徳として重んじられる。周りの顔色を伺い、周りの人に合わせる生き方をしては、周りのために生きることになる。自分のために生きるにあたっては、利口になる必要はない。周りがxxだから私もxxする、ではなく、周りはxxだと思っていても私はyyだと思う、という意見をしっかりもち、自分のために行動するべきだ。