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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

劣等感を覚えることは悪いことではない。

たまに劣等感を覚えることがある。誰しもそうだと思うけど、そういう時は落ち込む。わざわざ劣等感なんて抱かなくてもいいのに、劣等感を覚えることは良くないことだと自分に言い聞かせていたが、そうでもない。

劣等感には二種類ある

  1. 他人と自分を比較した劣等感
  2. 理想の自分と自分を比較した劣等感

1は自分の周囲にいる優秀な人、あるいは環境に恵まれた人との比較による劣等感を指す。2は理想の自分との比較による劣等感を指す。理想の自分とは、あくまで自分が実現可能な、到達しうる範囲である。

他人に劣等感を抱いてもどうしようもない

他人との比較ほど自分の人生に悪い影響を及ぼすものはない。上には上がいて、きりがない。金持ちを羨み、金持ちになりたい、と思ってもじゃあいくらあればいいのか?金持ちになったらなったで、その都度周りと比較してしまっていては、世界一の大富豪にならねばいつまでたっても満足できず、常に劣等感を抱いてすごすことになる。他人との比較は無意味だ。上には上がいるだけでなく、下も下限がない。例えば経済後進国発展途上国の人と比較すれば日本人は裕福な層が多いだろう。周囲に自分の価値観を左右される生き方は、常に周りを気にして周りに合わさないといけないので大変に苦労する。

そして、自分は"他人"にはなれないので、どうしようもない。例えば高い身長がほしいとか、もっと人気者になりたいとか、その"他人"がもつもの全てを自分も手に入れることは現実的に不可能だ。

理想の自分との比較は、刺激とモチベーションになる

だが、金持ちになりたいという上記のような目標も、他人との比較でなく理想の自分との比較なら悪い話ではない。例えば憧れの車があって、それにどうしても乗りたい。将来はその車に乗っている自分でありたい、と願い、あくまで未来の自分と比較するパターンだ。他人との比較とあまり変わりないようにも見えるが、これは周りに左右されない価値観だ。自分が先進国に住んでいようが、後進国に住んでいようが、周りに金持ちがいようがいまいが、関係なく「その車に乗りたい」という気持ちは変わらないからだ。単純化するためにチープな目標で例えたが、他のことでも同様に、「将来こうなっていたい」という理想の自分と今の自分を比較することで、理想の自分に近づくにはどうしたらいいかを考えられるようになる。

掲げる目標はあくまで、理想の自分、なので、自分が成し遂げれないこと(身長20cmアップとか、根本的な性格を変えたいとか)は考えなくてよくなる。成し遂げれないことに劣等感を抱いてしまうと、一生叶うことがないので常に絶望感がつきまとう。あくまで「理想の自分」を想像し、それと今の自分を比較してみよう。