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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

子供が一番という思い込みが嫌い

ちょっと過激なタイトルだけど。よく、小さな子供をお持ちの方は「子供が一番」ということ言うが、私はその発想が好きではない。私は子供嫌いというわけではないし、もちろん、子供は可愛いと思うし、子供のために尽くすべきだとも思う。ただ、忘れてはいけないのが、子供も私達と同じく、同等の人間でありモノやペットではないということだ。愛情は注ぐのは当然だが、親が考える理想通りに育つかどうかはわからないし、大切に育てたつもりが、すれ違いから、子供が親を嫌うことだってある。本当に子供が一番だとしたら、その時には人生を全部否定されたような気持ちになるんじゃないだろうか。そして、子供が親元を離れてしまったら自分の人生はどうなるんだろう。

子供が成長したら親の責任は終わりで、親は第二の人生を生きるというようなことをいうのであれば、それは実は「子供が一番」というわけではないと思う。結局、究極的には人間誰しも「自分が一番」なのだ。「子供が一番」と錯覚してしまっているが、実際には、子供の成長を嬉しく感じる、というだけに過ぎない。子供の成長が嬉しいから、子供のためにできることをしたいというだけ。子供が一番といいつつも、無意識的にはそういうことだと思う。

そんなこと言わなくてもわかっている、といえばそれまでなのだが、私がなぜ「子供が一番」という思い込みが嫌いかというと、子供が、親の人生の言い訳に使われることがものすごく多いからだ。子供のため、家族のためにやりたいことを捨てる、だとか、子供のために離婚しないとか、引っ越ししないとか、そういうことである。そういう自分からあえて、不幸な道に進もうとしている人たちにいいたいのが、「自分さえ満足に幸せになれないのに、子供を幸せにしてあげることができるのか」ということだ。自分が不幸なのに、周りの人を幸せにできるわけがない。自分が幸せで、満たされて、その余裕がある分周りに幸せを分け与えることができるというものだ。子供が一番といっておきながら、自分が不幸に陥るならば、それは自分と子供さえ、幸せにすることのできない人生となってしまう。大事なのは、まず自分が幸せになることだ。先も言ったが、子供は同等の人間だ。子供を尊重するからこそ、子供には子供のこれからの人生があり、親には親の人生がこれからもまだ続く。親は子供の人生全てを背負うわけじゃないので、生きたいように生きるべきだ。両親の離婚など、一時的には子供にトラウマを与えるかもしれないが、その後の自分の幸せが子供にも伝わり、充分ケアすることができるだろう。

そういう風に、「子供が一番」と錯覚すると、子供を言い訳につかってしまうのだ。離婚できない理由は、単に手続きが面倒だったり、次に相手が見つかるかわからないとか、収入が不安とか、シングルファザー/マザーで生きていけるのかとか、漠然とした不安に駆られて一歩踏み出せないだけだ。子供がいるので転職はリスクが大きい、といった考えも、転職が怖いし面倒なだけで、実のところ、子供のことは一切考えていない。子供が一番と思うならば、子供は言い訳に使ってはいけない。なぜいたいけで可愛い自分の子供を、自分の人生の言い訳に使うのか、理解ができないし、悲しいことだと思う。子供に依存しては、子供からしても迷惑だろう。まずは自己を自立させ、それによって自分の人生を幸せにすること。それが子供の幸せにも繋がるはずだ。