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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

居場所は冗長化する

何事も、一つの居場所に固執することはよくないと思っている。なぜなら、一つの居場所に固執してしまうと、それを守ろうと必死になりすぎてしまうからである。たとえば、職業。今働いている会社から転職する気がない、つまり今の会社に固執するようになってしまうと、自分の仕事においては今の会社が全てとなり、今の会社でサラリーマン人生をどう生きていくか、会社から落ちこぼれないようにするにはどうするか、という思考になっていく。最終的には、上司や同僚に嫌われないようにしたり、どうにかして気に入ってもらえるよう自分を殺しだす。そうするともう、生きていること自体が苦しい。当然だ、自分を捨てて他人の顔色ばかり伺うのだから。日本人が働いていて苦しがっているのは、こういう自分を押し殺す態度を、自分に課していることも一つの要因だと思う。
あと一つ身近にあげられるのが、学校だ。特に小学校〜高校。学生にとっては、社会人が会社に通うのと同様、毎日通う場所であり、他にできることの少ない学生にとっては、学校がその時点での人生のすべてと成りうり、固執してしまう。友達に嫌われないように生きてかなければいけないし、クラスメイトにどう見られるかばかりを気にするようになる。そして、もしもいじめられたとしてもなんとかして学校にいくよう努める。果てはいじめに耐えられず自殺してしまう。これも一つの居場所固執しすぎてしまった結果だ。私自身も過去いじめられたことがあったが、大人になった今では、別に学校なんぞいかなければいいのに、とか転向すればいいのに、と思う。たが、学生の時分にはその発想はありえない。学生のかなり狭い視野範囲からすると、地球の環境が汚染されたら、火星にいけばいいじゃない、くらいにあり得ないことなのだ。
一つの居場所に固執しないためには、視野は広げなければいけない。「ここ以外に居場所はあるんだ」というのは、論理的には、世界は広いのだから当然なのはわかるが、個人の主観レベルだと、どうしてもすぐにはイメージできない。そのイメージを得るために、視野を広げる。闇雲に海外にいくべき、といっているわけではない。むしろただ海外に旅行にいくのはただの娯楽でそれ以上の意味は無い。興味をもって、いろんな人達と関わるのだ。学校や会社以外でいうと、はじめは、趣味で集まる交友の場でもいい。最近では異業種交流会などもあるが、そういう場でもいい。私のようなプログラマーだと勉強会やカンファレンス、コミュニティに参加したりするべきだ。会社員の場合は、そこから発展して、同じ業界の他の会社の人に会ってみるといい。自分の会社の殻にこもっていると気づかないことを色々知ることができるし、モチベーションにも繋がる。そして、チャンスがあれば同業他社に転職することもできる。会社だけでなく、他の業界に転職もそこまで難しくない。大きな業種転換は難しくとも、今の職業から使えるスキルをピックアップしてそれを活かせる仕事ならば結構ある。とにかく、そういう風にして会社や学校以外のコミュニティに飛び出し、今いる場所以外にも、他に場所があることを知ることが大事だ。
他に居場所があることを知れば、すこしは気持ちが楽になるはずだ。ここにいる人たちに嫌われたら、別の場所にいけばいい、無理してみんなに合わせる必要はない、ということが無意識のうちにわかってくるようになる。つまり、余裕が持てるのだ。居場所だけでなく、恋人や結婚相手ができたら、むしろモテるようになった、という話もあるだろう。これも同じく余裕ができたからだ。一つに固執すると余裕がなくなり冷静な判断ができなくなる。居場所や物事は冗長化することで、余裕をもてるようになり、楽しく過ごすことができるようになるのだ。私自身、最悪、世界中の人たちに嫌われたとしても、そうなったら、人里離れたところで山ごもりをして余生を過ごしたいと考えている。