Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

自分以外の人や事象は天気のようなもの

よく、勝手に他人に期待をして勝手に絶望する人を見かける。例えば職場での上司と部下の関係。「上司なのだからこれくらいはして当然」「部下だからわかってくれる」などである。言わずとも、上司は上司らしい働きを、部下は部下らしい働きを求められる。期待どおりでないと怒ったり悲しんだりする。ただ、これは結局期待する側の押し付けであり、期待される側からすると溜まったものではない。もうちょっと話を広げていうと、プライベートでも、友人や家族に対して、怒っていたりイライラしたりする人がいるが、これも勝手に相手に期待して、期待通りいかなくてどうしようもないので感情を爆発させているだけだ。アンガーマネジメントとかいう言葉が流行っているが、大したことはない。まず、相手への尊敬が足りない。そして、自身がおこがましいというだけだ。他人の感情や行動なんて、天気のように移ろいやすいし、それだけでなく容易に変えることはできない。雨が降って、楽しみにしていた海水浴にいけなかったとしよう。それについて残念がる人はいても、怒る人はいない。おい、天気!なんで雨を降らすんだ!って窓に叫んでいる人がいたらみてみたいものだ。まぁ、子供くらいなら天気に怒るかもしれないが、天気をどうにかできるなんて思うことはおこがましい。

とにかく、自分が制御できる範囲というのは自分自身だけだ。無駄に感情を爆発させる人はこの大前提がわかってない。他は天気のようなものと思ったほうが良い。無論、自分の行動が自分自身以外にも作用をもたらし、自分が望む結果になることもあるが、いともたやすく結果はなびく。どれだけ雨が少ない地域にいようが、天気予報を信じ晴れの日に海水浴にいくことを計画しても、雨が降るときは降る。そうなったら、どうするか。「今日は雨が降ったので残念だけど家にこもろう」とか、「予定を変更して体育館で運動をしよう」とか、じゃあどうするか、を考える。普通に考えてそう。雨に怒鳴り散らす人はいない。だけど、他人とか身近なものに関しては人はそう思えない事が多い。希望通りにいかなかったら、じゃあどうするか、を考えて行動すればいいだけだ。考えて行動を起こす、というところまでは絶対にできる。自分自身は自分が制御できるから。それでまたうまくいくか保証はないけども、自分にとって望ましい結果に近づきたいのであれば、試行錯誤して行動し続けるしかない。