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Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

やりたいことをやる。シンプルに生きる

人生を楽しく生きるには「やるべきことをやるのではなく、やりたいことをやる」のが大切である。
私はしょっちゅう、やりたいことよりもやるべきことを優先してしまう癖がある。例えば、英語は身につけたほうがいいので勉強しよう、という発想。それを言えば、なんだって覚えたほうがいいし、やらないよりはやったほうがいい。そんなこというと無限にやらないといけないことってのはある。そうじゃなくて、やりたいことをやる。やりたいことをやるには、金も時間も必要だし、現実的ではない、というツッコミを受けそうだが、本当にやりたいことというのは、あらゆる困難を乗り越えてでもやりたいものだ。本当に世界一周旅行がしたければ、そのために旅費がいくら必要か計算し、その旅費のためにあくせく働く。やりたいことをやるために、やるべきことをやる。これが正しい。これが反転した例が、いわゆる社畜、という発想だ。金を稼いで衣食住に困りたくない、金を稼いで家庭を大事にしたい、本来仕事をする目的としては、そういう人生の幸せを目指すための手段だ(例外として本当に仕事をするのが目的な人もいるかもしれないが)。そこを意識してないと、鬱とか、ひいては過労死、自殺など死にいたることさえある。幸せに生きるための手段として、仕事をしているのにもかかわらず、それに殺されてしまっては元も子もない。やるべきことは、やりたいことのためにある。
他にも「私は野球が好きだが、才能がないのでプロにはなれない」という発想もあるかもしれない。そりゃあ、普通はスポーツでは食っていけないと思う。プロになっても成功するとは限らないし。でも、プロになりたい、というのは本当にそのスポーツが好きならば、どうでもいいことだ。運よく才能もあって、野球も好きで、っていう人は野球選手になって活躍したほうがいいだろうが、普通はそんな才能がないのでプロにはなれない。だったら、草野球でもなんでもすればいい。本当に野球が好きな人はそうする。人集めが面倒だとか、時間がないだとか、そういってる内は本当にそれが好きではないんだろう。現に、私もテニスが大好きでしょっちゅう友達をさそってはテニスに繰り出しているが、指に血豆ができたりする。血豆ができるくらい筋肉トレーニングは絶対にできない。でもテニスは好きだからできる。暑くても怪我する可能性があっても構わない、それが好きというものだろう。

好きなことがない場合はどうするか、実はこれがもっとも多いケースかもしれない。やりたいことがないので、ただ時間を過ごす人。別に好きなことを無理やり見つける必要もないし、好きなことはなくても人間というのは欲にまみれている。食欲、睡眠欲などのベースの部分から、物欲とかあらゆる欲がある。だったら単純にそれに時間とお金を使ったほうがいい。面倒くさがりな人だったらさっさと仕事は終わらせて家でのんびりすればいいし、暇が嫌だったら多くの時間を働いて金を稼ぐのもいい。なんでもいいが、その瞬間やりたいと思うことをできるようにしたらいいと思う。

あーだこーだ考えるとどうしても、とても複雑になる。やりたいことをやる、はすごくシンプルで楽に生きることができる。

じゃあなぜそうしない人が多いのか。好きなことをしている人よりも、そうじゃない人のほうが多いのかもしれない。でも前述のとおり、やりたいことをやるには、いくつものやるべきことがあるので、それを避けているだけ。だったら別に、やるべきことを避け続ける人生もありだろう。なにも苦せずとも楽して生きていたい。これが一番叶うのがむずかしいと思うのだが。