読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Think Village

日々思ったこと、気づいたことを推敲もなしに気ままに書き綴っています。

自信と劣等感の狭間で

ひねくれたものの見方をする人はどこにでもいる。学校、会社、家族。例えば、会社でいうと、なにか前衛的なことをしようとすると、コストがどうたら、リソースがどうたら、あからさまに嫌な顔をしたりする人だ。僕の近くにも、僕に対してそういう風に嫌な顔をする人もいて、見下したような口調で接してくる。なぜこういった人がいるのか、なにを考えているかわからなくて辟易することもしばしばある。

 

彼らはどうやら自分に自信がないらしい。アイデンティティがあれば自信をつけるきっかけになるのだろうが、すべての人がアイデンティティを確立できるかは正直難しいだろう。自信がない状態で、誰かと自分を比較してしまうと、そこには劣等感が生まれる。立場が明確に違えばいいが、同じような立場に居るもの同士で、そういう感情が起きやすい。自信がないものが、周囲の出来る人を羨み、羨望が妬みに変化する。劣等感は苦しい感情だ。だからどこかに追いやらなければいけない。そこで、自分ができていないことを隠すために”あの人はおかしい”と不満や文句をまき散らす。そうすることによって劣等感を意識の隅に追いやろうとする。彼らの最大の問題点は、それを無意識的に行ってしまってることだ。(人間だれしも自信がなければそうなりうるのだが)

 

彼らに歩み寄るのは非常にデリケートな問題だ。自信がなく、劣等感を抱えている状況だと、自分を守るためにプライドが高くなる。その状況で”その考え方は間違ってる”だの説教じみたことを言うのは逆効果だと考えている。

 

歩み寄るには、下記の2つが有効だろう。

1. 相手の承認欲求を満たす。

2. 自分の弱みを見せる。

 

相手の承認欲求を満たす

言葉を選ばずに言うと「褒める」ただそれだけだ。「あなたがいなければ成り立たない」「あなたがいるからチームは成り立っている」なんでもいいが、アイデンティティを味付けするとなお良い。「あなたの生真面目な性格は、皆の見本になる。僕も見習っている」という風に。

 

自分の弱みを見せる

素直に、自分の弱いことを見せることによって、”この人も普通なんだ”と思わせ、相手が自分に抱いている特別感を拭う。親近感を出すこともできる。まずはなんでもいいから相談する。「xxxで困ってるんだけど、どう思う?」。たったそれだけで、相手は心をひらいてくれたことと、頼られていることに満足する。

 

 

さて、ここで一つ問題になってくるのが上記を実際に実行できるかどうか、である。

上記の案を実行するのが難しい、と感じる場合、実はあなた自身が、自信を喪失しその人に対して劣等感を抱いている。相手を褒めるのも、自分の弱みを見せるのも、自分に対しての確固たる自信が必要だ。そういう人は、心配しないでほしい。堂々と弱みをみせ、いいことに対しては讃えてほしい。その余裕こそが、他人から賞賛され、自分の自信につながるのだから。

 

なぜ彼らは自信を喪失し、自分を見失うのか

そこが気になるのであれば、その人からの心の声を聞き取るべきだ。人間はハイコンテキストだ。幼少時代、少年時代、家族から愛を与えられなかったらどのような人間に育つだろうか。そういう人は愛が足りず、渇望する。大人になっても、なにかこの人おかしいな、ということがあれば、それは最初からそうなのではなく(性善説を唱えるわけではないが)、過去になにかあった、ということを知ってほしい。それだけで相手を許し、相手を認めることができる。